はじめに
現在、世界は大きく変化しつつあり、各国はそれぞれの原則に基づいて法律や規制、方針を形成しています。そして、それらは国境を越えて相互に影響し合い、複雑に交差する時代に入っています。
代理出産という概念とその実施も国際的に普及していますが、生命の誕生と国籍取得が関わる過程が含まれ、依頼者の国と代理母の国の両国の制度や手続きの整合性を理解し、適切に設計することが、新しい命と人生のために極めて重要です。私たちは、代理出産において依頼者に十分に情報が共有されていない各国の制度や、代理出産に関連する最新のニュース・情報について、発信・解説していきます。
米国(アメリカ)における代理出産
2026年4月現在、米国における出生地主義(米国の地の出生により市民権取得)をめぐる議論が再び注目されている。トランプ大統領による政策提案および関連する司法判断の行方は、海外代理出産を検討する依頼者にとって無視できない論点である。
また、米国における出生証明書は市民権そのものではなく、制度変更があった場合、出生証明書の意味が変化する可能性がある。ここでは、現状を説明し、今後想定される影響について、代理出産の実務的観点から解説する。
外国人の子に対する市民権付与の見直し
現在、トランプ米大統領が求めている米国市民権取得に対する変更が成立した場合は、外国人が米国で代理出産を依頼する場合には、その基本構造に影響が及ぶ可能性がある。つまり、トランプ大統領の方針が採用された場合、外国人の子が米国の地で出生しても、必ずしも米国市民権を取得できるとは限らないことになる。
*米国では「市民権(citizenship)」という概念が用いられ、日本語でいう国籍に相当する法的地位を指す。以下、市民権で統一。
最新動向
先週4月1日、米国最高裁判所でトランプ政権による出生地主義に基づく市民権の適用範囲の見直し(米国憲法修正第14条)を求める口頭弁論が行われた。現在、トランプ政権の当憲法の運用変更を試みる内容の大統領令(Executive Order)は連邦裁判所により差し止められ、発効されていない。大統領令(Executive Order)は憲法に代替するものではないため、その内容が憲法に適合するか否か、すなわち憲法に反していないかが争点となっている。現在、最終判断の場である最高裁ではトランプ政権の主張に対し慎重な姿勢を示しており、判決は今夏にも示される見通しである。
背景と現状
トランプ大統領は、2期目の任期就任初日の2025年1月20日に、米国憲法修正第14条に基づく出生地主義による市民権の取得について、その適用範囲の見直しを試みる大統領令(Executive Order 14160)¹ に署名した。本来、このような変更は憲法改正という手続きを要するが、大統領令(Executive Order)という方法で変更が試みられた。しかし、この措置は連邦裁判所により差し止められ、現在、最終判断の場である最高裁判所において審理が行われており、当大統領令(Executive Order)は発効されていない。つまり実施されていない。
米国憲法修正第14条(1868年批准)とは、米国における市民権の基礎を定める規定であり、国内で出生または帰化した者に対して、市民権を付与するとともに法の平等な保護および適正手続を保障するものである。
今回の裁判は、今後の米国としての国の方向性に関わる重要な憲法上の論点であるが、同時に、米国で代理出産の依頼を考えている外国人にとっても影響が大きい。
トランプ大統領が見直しを求めている基本根拠のひとつは、不法滞在者の子が米国内で出生することにより市民権を取得する現行制度は間違っている、という考えからである。
トランプ政権は、2025年の就任から現在に至るまで、移民政策の見直しの一環として、不法移民への取り締まり強化や査証制度の厳格化を進めており、これらは「Make America Great Again」(米国を再び偉大な国に)という政策方針に連動している。
海外からの代理出産依頼における構造変化
出生地主義に基づく市民権取得制度への変更が実現した場合、海外から米国への代理出産依頼の構造に大きな影響が生じる。
現在、米国において代理出産により出生した子は、原則として出生地主義に基づき米国市民権を取得するが、制度変更が行われた場合には、その解釈および適用によっては、子が市民権を取得できない可能性がある。
それは、第一に、米国の地で出生しても自動的に米国市民権を取得できなくなる可能性があること、第二に、市民権の付与において親の市民権(血統に基づく要件)が必要となる場合、米国人である代理母をどのように位置付けるかという新たな問題が生じるためである。
米国人代理母の位置付け
出生地主義の運用が変更され、子の市民権取得のためには親の市民権が必要とされる場合、契約により出産する米国人代理母を法的にどのように位置付けるか?
現在、多くの州では、出産前 、または出産後の裁判所命令(Pre/Post-birth order)で依頼者が法的な親と認定される仕組みが採られている。
つまり、代理母は生物学的には出産を担う存在であるものの、法的には親とされない扱いとなるケースが多い。このため、市民権の条件とされる「親」は、“法的な親”と定義される場合、代理母の市民権は考慮されない可能性がある。
出生証明書と市民権の関係
カリフォルニア州をはじめとする多くの州では、代理出産において、出産前に裁判所命令(Pre-birth order)により、依頼者が法的な親として認定される仕組みが採られている。その結果、出生証明書には依頼者が法的な親として記載されることが一般的である。これは親権関係を明確にするためであるが、代理母を出生証明書に記載することも不可能ではない。
ただし、市民権取得の判断については、出生証明書の記載のみで決定されるのではなく、裁判所命令や契約関係の内容等も含め、誰が実質的な法的親であるかという観点から総合的に判断される可能性が強い。 トランプ政権が示す制度変更の背景には、「正当な米国人」としての市民権の在り方を再定義しようとする政策的意図があり、これを前提とすると、外国人依頼による代理出産を通じて米国市民権を取得するという従来の枠組みは成立しにくくなる可能性があると考えて良いだろう。言い換えれば、血統に基づく市民権判断が重視される場合には、米国人である代理母は「親」として扱われず、その結果として、代理母が米国人であっても子に市民権が付与されない可能性がある。
子の国籍は依頼者の国の制度にも依存する
現在、米国で代理出産を行った場合、出生地主義を採用する国の依頼者であっても、血統主義を採用する国の依頼者であっても、子は米国で出生することにより、原則として米国市民権が付与される。
しかし、トランプ政権が求めている制度変更が実現した場合には、米国で出生したとしても、必ずしも米国市民権が付与されるとは限らなくなる可能性があるため、その点を踏まえて依頼を検討する必要がある。子の国籍は依頼者の国の制度にも依存するため、無国籍の可能性を避ける観点からも、各国の国籍法との関係において個別に検討することが必要である。
出産ツーリズムをめぐる取り締まり
今回の出生地主義をめぐる見直し議論の背景の一つとして、現行の出生地主義を前提とした米国での出産により子に市民権を取得させることを目的とした「出産ツーリズム」ビジネスが問題視されてきたことも指摘されている。米国では、近年、一部において中国人を中心とする出産ツーリズム関連の事案が摘発されている。米国での出産そのものは違法ではないが、観光目的を装った査証申請や入国に関する移民法違反および詐欺行為が問題となっている。
代理出産自体が違法になるわけではない
今回のトランプ政権による米国市民権取得に関する制度変更が実現したとしても、外国人による米国での代理出産依頼自体が違法となるわけではない。
代理出産の合法性は州政府によって定められており、連邦政府によって一律に規定されているものではない。言い換えれば、代理出産の規定は州ごとであり、米国全体で統一されているものではない。また、出生証明書は各州により発行される。しかし、仮に現在の出生地主義が変更された場合、これまで出生証明書が発行されることは市民権取得とほぼ一致していたその意味が、制度の変更により変化する可能性がある。
最後に
現在の状況では、夏に予定されている米国最高裁による判断は、現出生地主義から血統主義に転換することにはならないとの見方が多い。これは、大統領令の内容が、憲法の根幹をなす権利を侵害するものであり、その影響が大きいためである。
また、現在、米国では、強制送還政策の強化や移民手続の厳格化が進められており、この動きも出生地主義をめぐる議論と同様に、トランプ政権が移民政策全体の見直しを重視していることを示している。
上に説明してきたことは2026年4月時点の米国の動向だが、現在、毎日のように各国で政権や国策が変化する過渡期にある。 日本においても、今月、2026年4月1日に民法の一部改正が行われた。この改正により、代理出産から出生し日本へ帰国した子の親子関係に関する手続きにも、より厳格な対応が求められるという影響がある。このように、各国の変化を把握し、理解したうえで、代理出産の手続きを進めることが重要である。なお、本改正に関する解説は別途発表しているため、以下のリンクを参照されたい。
2026年4月 民法一部改正で代理出産による帰国後の手続様式は変化する
国境を越えた代理出産は、人権や国籍に深く関わる問題を含むため、正確な情報の把握と高度な法的理解に基づく判断が、これまで以上に重要となっている。
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