私達の代理出産の臨床現場から
独身男性や男性同性パートナーからの代理出産の依頼が増えています。家族形成を希望する年齢の上昇に伴い、比較的高年齢の男性からの相談も少なくありません。その中で、男性不妊や精子の質に関する問題が、計画の実現に大きく影響するケースが見られます。日々、代理出産の臨床現場で実例に接する中から、今回は男性不妊についてお伝えします。
<男性不妊は見落とされていないか>
<独身男性による代理出産依頼が増加>
近年、独身男性による代理出産依頼が増加している。日本において法的婚姻が認められていない男性同性パートナーからも独身男性依頼ケースとなるため、このカテゴリーに含まれるが、当社では高齢の独身男性から、家の跡継ぎ、または、生き甲斐として子供が欲しいという願いによる依頼も多い。
<日本からの精子分析は通常、世界では受け入れられない>
高齢の独身男性からの依頼におけるハードルは、多くのケースで男性不妊が見られることである。子どもを授かりたいという希望に対し、加齢に伴う精子の質の低下は深刻な問題である。契約前の正確な検査と診断は、子供を授かる計画を達成できるか、という現実性、見通しを判断するのに重要であるが、日本では男性生殖能力(精液分析)に対する世界標準の検査を受けることが出来るクリニックを探すことが簡単ではない。当社は過去20年以上、米国の生殖医療分野のトップドクターと共に赤ちゃんを授けるためのコンサルテーションを行ってきているが、日本からの多くの精液分析結果が世界標準に準じていないため、日本からの結果をもとに事前判断することが難しいことが長年の問題となっている。当社の20年間の症例では、日本で「正常」と判定された精液所見が、米国では高度男性不妊と判断されるケースを数多く経験してきた。
世界標準の精子分析を発行している日本のクリニックは非常に少ないが存在する。当社では、世界標準の精子分析を採用している日本のクリニック*を指定して精液分析をお願いしている。
*世界水準を採用しているクリニックについてはお問い合わせください
<成功を目指す為には正確な精子分析が必須>
妊娠の成立には、男性側と女性側の双方の要因が関与する。そのため、世界の生殖医療では、女性側の検査と同時に、正確な精子分析と合わせて、最適な治療方法を決定する。当社の代理出産の妊娠保証プログラムにおいても、当プログラムの適用が可能かどうかの資格審査は患者から提出された自国の精子分析によって判断されるが、日本で発行された男性患者からの分析は、ほぼ判断基準として使用できないことが多い。それはなぜか?
<日本における男性不妊の背景>
「不妊は女性の責任‐欠陥のある嫁、という伝統的社会観念」
日本では長年、不妊治療は女性側の問題であるという社会的認識が根強く存在し、治療の焦点も女性に向けられてきた。特に、不妊治療や生殖医療が発達する以前の日本では、子が出来ないのは女性の問題で、家の跡継ぎを作ることが出来ない失陥がある嫁、と見做されていた。
また、日本を含むアジア圏の一部に見られた社会傾向として、歴史的に「家を継ぐ男児」の誕生が重視される文化が存在してきた。その中で、男児が生まれない場合に女性(嫁)側へ責任が向けられる社会的風潮もみられた。
しかし、生物学的には子の性別は精子側のX/Y染色体によって決定され、女性側のみへ責任を帰属させる考え方は遺伝学的事実とは一致しない。しかし、この生物学的原理は、一般社会で十分に認識されているとは言い難い。米国では、約50年近く前の1981年に初の体外受精からの赤ちゃんが誕生しているが、現在、70代のアメリカ人夫婦に聞き込みを行っても、彼らが結婚した1980年代の米国社会でも、不妊は夫婦両者の問題であり、女性のみを原因とする考え方は存在しなかったと言う。現在に至るまで、米国ではこの認識に変化はない。一般的に、不妊をどうとらえるか、という基本的な社会観念の違いが、各国の治療にも表れている可能性がある。
日本では不妊治療は歴史的に産婦人科主導で発展してきたこともあり、不妊治療は、女性側の治療に重点が置かれてきた、という歴史もある。本来は、男性側の評価も妊娠成立には不可欠であるが、日本では精子解析や男性不妊学への注目は欧米ほど高くなく、その重要性が日本社会では十分に認識されていないように見受けられる。この日本の環境が、現在でも、世界保健機関(WHO)が採用するクルーガー厳格基準(Kruger strict criteria)に基づく精子形態評価が一般化しておらず、精子分析の国際標準との乖離がみられる背景の一つになっていると考えられる。
<日本における男性不妊評価の軽視から起きる2つの問題>
日本で、不妊治療において男性側に焦点が置かれていない環境から、二つの問題が見えてくる。
第一の課題:世界保健機関(WHO)精子分析変遷と日本の世界基準不採用30年のずれ 世界では男性不妊は女性不妊同様に研究され、不妊治療クリニックでは男性側の検査も徹底的に行われる。生殖医療専門の不妊治療クリニックには男性科という部門とその専門医が揃う。 体外受精からの赤ちゃん誕生は、1978年に英国で世界初、そして、上述したように米国では1981年初の達成となった。その後、1992年に生殖医療界の運命を変えた画期的な技術と言われる顕微授精(ICSI)が出現した。不妊治療において、精子分析の形態率を指標に顕微授精(ICSI)を使用するかどうかを決定するが、世界保健機関(WHO)は1990年代に精子分析の形態率に関する指針を発表した。この指針設定の理由は、当時、1980年から1990年にかけて男性不妊の指標である精子分析において、形態率がクリニックによってばらつきが見られたためだ。世界保健機関(WHO)は、重要な判断基準である形態率を標準化したかった。形態率の誤差を減らし、世界共通に評価できるようにクルーガー厳格基準を形態評価の標準化手法として採用した。当初は14%以上が標準とされていたが、2010年のWHO精液検査マニュアル第5版(2010年)で “正常” の下限値を4%に修正し、現在に至っている。世界保健機関(WHO)が当基準を採用してから30年以上経ち、世界で男性精子分析の基準として使用されているクルーガー厳格基準は、現在も日本では広く採用されていない。
第二の課題:世界基準形態率が不採用の影響 日本では、各クリニックは独自のクライテリアで検査し、正常な形態率は50%、60%という結果が出される。形態率が分析報告書に入っていない精子分析も見られる。世界では、形態率は顕微授精(ICSI)の適応を検討する重要な指標とされ30年以上その役目を担ってきている。 2010年のWHOからのクルーガー厳格基準の形態率の“正常”とする下限値を14%から4%とした変更は、この検査法による正常な形態が4%あれば普通である、というメッセージであるが、「4%あれば妊娠できる」、という妊娠成功率を示唆する指標ではなく、体外受精(IVF)を使用するか、顕微授精(ICSI)を使用するか、という治療方法を検討する重要な判断指標として使用されている。
<日本でのクルーガー厳格基準形態率を採用する場合の技術的な課題>
精子分析の項目には、精液量 、濃度 、総精子数、運動率、直進率などがある。以前は、精液検査の多くの項目が手作業で行われていた。現在では、濃度や運動率などについてはCASA(Computer Assisted Semen Analysis:コンピューター分析)をはじめとする自動解析システムを導入している施設も多く、客観性の向上が図られている。
一方で、治療プランにおいて、専門医が注目とする項目である正常形態率は人間によって判断される項目であり、主観が入りやすく、正常形態と異常形態の判定には、作業を行う人の経験や訓練が影響する。クルーガー厳格基準の検査方法は、まず精子を塗抹標本し、染色(Diff-Quik / Papanicolaou など)した後、顕微鏡下で頭部、中片、尾部を評価し、200個以上の精子を分類・評価し、正常形態率を算出する。この専門的作業を要する検査により、厳格基準で正常形態とされた精子が4%以上があれば正常と判断される。日本のほとんどの不妊治療クリニックでは旧WHO基準(30年前にクルーガー厳格基準採用する以前に使用していた基準)や、クリニック独自の基準を採用しており、著しく問題がなければ正常形態と判断することから形態正常率が50%、60%という数値となる。
WHO第6版(2021年)の標準的なクルーガー厳格基準の形態評価法のマニュアルにも、訓練された技術者による判定が前提と明記されており、米国では男性科、男性生殖科分野の専門的な教育、定期的なトレーニングも必須とされる。厳格な技術と教育水準が課され、この水準が確保できない場合はクルーガー厳格基準判断が難しい。
<日本にもクルーガー厳格基準を採用しているクリニックはある>
日本にもクルーガー厳格基準を採用しているクリニック*は存在し、当社では、当社クライアントには、特定のクリニックを指定し、正確な精子分析をお願いしている。指定クリニックに、2026年の春から現在にかけて数人のクライアントの分析を行っていただいたが、結果は2%から5%であった。
*世界水準を採用しているクリニックについてはお問い合わせください
<現在の日本の状況から考えたいこと>
世界保健機関(WHO)は、30年以上前から精液分析の国際標準化を目的として評価方法を設定したが、我々は、国際的な生殖医療の現場において、日本が現在も、多くの施設独自基準による精液所見を行っていることで、その解釈に混乱を生じさせることが多々あることを見てきた。
しかし、日本と世界の相違における本質的な問題は、形態率に関する“数値” の相違ではない。
日本の状況の問題点は、世界保健機関(WHO)が30年間以上、世界の生殖医療対象に、正常形態率の標準化を採用している中で、現在も日本がこの世界基準を採用していない、という事実である。そして、もっと深刻な問題は、このクルーガー厳格基準(Kruger strict criteria)の形態評価法が、顕微授精(ICSI)使用の有無を判断する基礎であるため、子が欲しいと願う患者にとって、最適な治療ができているか、という疑問が出てくることにある。
<正確な診断が治療方針を変える>
本稿執筆中の2026年6月に、当社プログラムの代理出産ケースで数件の妊娠判定陽性が確認されたうちの一件は、男性不妊により10年以上の紆余曲折を経て当社にたどり着いたというケースであった。当ケースは、複数の斡旋会社を通じて代理出産依頼を行ったが、男性因子に対する十分な評価や診断が行われないままプログラムが進められ、結果として受精卵を全く得ることができず、多額の費用と長い時間を費やしていた。当社では、まず男性側の精子分析結果を再評価し、生殖医療専門医および臨床チームとベストの方法に関して協議を行った。その結果、TESE(精巣内精子採取術)を含めた治療方針を決定し、優秀なグレード、かつ、正常(着床前診断実施)である複数の受精卵を得ることが出来た。2026年5月後半に移植し、明確な陽性の妊娠判定が出た後、一週間後の現在、初回診察で胎嚢を確認している。
個々の症例結果から一般論を導くことはできないが、本ケースは、男性因子に対する正確な評価と適切な診断が、治療方針に大きな影響を与え、喜ばしい結果を導くことが可能であることを示す一例である。
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